salmosax note

音楽家・山内桂 の雑感ページ

 スズメバチ

ガツンときた、頭の右後ろ。突然に、序章もなく。
2秒くらい刺されたろうか。瞬間訳が分からなかったがすぐにスズメバチだと覚った。姿は見なかったが、見なかったことは単独犯であり再襲撃がない意味でもあった。
タオルを巻いていたのが幸いしたか、首のあたりの柔らかい所でなくてよかった。


祝子の谷に撮影のため2日間入渓した。天気予報を見ながら日程を調整し、春から待っていた作業をやっと開始したものの、曇りがちで思うように撮影は進まなかった。
カットを増やしたかったし、まだ昼過ぎだったので場所を変えることにし、別の沢床に降り立つ直前の薮の中のことだった。


12、3年前にも祝子川本流でやられたことがある。毛鉤を着水させた直後、竿を持つ静止した右腕に着地し刺す瞬間を見た。
なす術がなかった。5、6cmある獰猛で頑丈なスズメバチを左手で叩いたところでどうにもならないし、へたなことをすれば更に恐い。見るとすぐ上に大きな巣があったので、一撃だけで済んだのは良かった。この時も延岡市の病院に急行した。


マムシスズメバチで恐いのはアレルギーによるショック死。2度目が恐いと聞いていた。場所が頭だし、ただごとではない事が起きたのだ。
終わりは唐突に来るものか。身辺整理はしておくものだ。まだしたいことはいっぱいあるのに。
以前山スキーで厳冬の3000m峰の頂から滑落したことがあった。車の事故も1度経験がある。
これらには脈絡がある。死ぬとは思ってなくとも、事故がありうることを前提にした一貫した一連の行動が。
でも、スズメバチ、、、。こんなので死にたくない。滝を落ちて死ぬ方がいい。


毒には流水がよく、解熱や解毒作用もあるのだが、頭を沢に浸した状態で発見されたくなかった。
じっとしていて毒が回らないようにして救援を待つか。いや同じ待つにしてもとりあえず上の林道まで登った方がいいだろう。まだ冷静な判断ができ、身体が動く間に。
林道はゲートにおいてある車まで更に急登が続く。やはり動けるうちに歩こう。呼吸法の成果を今こそ生かすべく、焦らず体力を消耗しないよう呼吸を乱さないように歩く、釣り道具を仕舞いながら。もし途中で倒れても、釣師として発見されたくなかった。
釣師の眼が撮影に必要なため釣具を持参したが、あくまでもそれはついでで、25cm級のヤマメを数尾釣ったにしても、アーティストとしての入渓なのだ。
そうだ!  車を離れるとき、この地域がつい最近ケイタイが圏内になったことを急に思い出して持ってきていたのだった。
でも誰に電話したものか。大分の身内か友人にかけてもなあ。警察も救急車もその電話番号を知らなかった。近くの宿のおばちゃんはずっと通話中で、その内に車に到着した。
林道をガタガタとばして村に下りたものの解毒剤もなにもなく、救急車より自力で下りた方が早いというので、延岡市の病院まで通常50分くらいの曲がりくねったほとんど往復一車線の狭い谷沿いの道を、ジェットコースターのように30分くらいで駆け下りた。
最近はあまり飛ばさないが、かつては山々をガンガン走り回ったものだ。きょうは久々にガツンと喝とギアを入れた。
その間、幸い痛みの範囲は広がらず、痛みもひどくはならず、しびれもなく、意識も明晰だった。


病院に着いたがさて、何も持たずに悲壮感をもって駆け込むのがいいかと考えたが、結局ザックから保険証を取り出し、お金を持って、車にはサンシェードを付けてから受付に。意識が明晰なので。
こちらが必死な状況で日常の世界に跳び込んだ時の温度差!
事務員に緊張が走り、看護士が駆けつけ、車いすか担架に乗せられ、目を丸くした人々の中を処置室に運び込まれるようなことは一切なく、淡々とした受付にどういう態度をすべきか迷ったが、少し苦い顔をして声を小さくして書類に乱暴な文字を書き込むだけだった。
なにしろ、患部がガツンと石垣島の夏の暑さのような痛さである他はまったく異変はなく、なにか急変を期待してしまうほどではこんなものだろう。
でもここまでの行動は命がけだった。


医師に言われた一定時間後も異常はなく、このまま収束しそうだ。
スズメバチに年間200万人刺され、内50人くらいが死ぬとか。2回目より3回目4回目の方が危険度が増し、でもいっぱい刺されると免疫ができてしまうらしい。
そうなりたい、と一瞬思ったが、もう歳だしそんな努力はしない。
医師の処方で解毒のための注射が手に入るらしいので、それは考えてみよう。


少しはヨーロッパツアーに触れたいのだけど、なかなか進みません。