salmosax note

音楽家・山内桂 の雑感ページ

台湾 2026

2026年1月。音楽活動以外では旅をしないぼくが楽器を持たず計画なしに上京した。
コロナ禍の影響による社会と人心がいやで結果的にツアー、特に海外ツアーを自粛してきた。でもその閉じた自分の有り様にも飽きてきて、本年正月にリセットしようと一歩踏み出した。

東京では呼吸法の稽古以外に人の演奏会に行ってみることにした。調べるとペルミアンに台湾から林小楓(笛)と呉姸萱(箏)が来るとのこと。林とは旧知の仲。呉は初対面だけど後日台湾ではよくしてくれた。もう一人の奏者、森繁靖宗(チェロ)さんは一度共演している。
素敵な演奏だったし、なにか予感のする夜になった。実際そこから5月の台湾ツアーにつながり、6月の東京ツアーでは森繁さんと共演した。

6年ぶりの海外、台湾。パスポートを取り直し、心身復帰に多少時間もかかり、林氏呉氏による2公演以外は結局自身での交渉になった。そしていつものように5都市(台北、新竹、台中、台南、高雄)で、6会場(新規2会場)7公演になった。
ちなみに台湾には2015-2020年に6回ツアー41公演していたので、今回で7回目48公演になる。過去には5都市の他台東、嘉義にも足を伸ばした。

今回の台湾の印象は、とにかく円安でモノが高い。以前1元=3円だったのが5円。つまり3000円だったものが5000円なのだ。
それと日本の企業、外食店が日本並みに進出している。
一番重要な点だけど、若いアーティストやミュージシャンが増えている。即興演奏界も以前は黎明期的であったのが成長して充実している。伝統楽器やエレクトロニクスも駆使していて、林氏呉氏もその流れにある。そんなかれらはアカデミズムや技術にも裏付けられていて、楽譜や古典やpcにも長けているようだ。
そんなかれらとの接触や共演は楽しかった。また、思いがけず別府での共演者と再会したり、出会いも多くあった。更なる展開と世界の変化が楽しみだ。
かつての友人知人たちとの再会が多くなかったのが残念だが、これもまたの楽しみとしよう。


*この文章を書いている途中に動画が送られてきた。台湾最終日のアフターセッションということでいつもと違うアプローチの演奏をしている。 @江山藝改所
https://www.youtube.com/watch?v=yYDXmKbQmtU

 

 

本とCD /「by Kei」「Fumine」

6月下旬に曲の本「by Kei」ができあがった。初の自費出版
ぼくは自作曲たちを天からの贈り物と思っていて、それらを人はどう演奏をするんだろうとか、曲をリスペクトすることとかを考えてきた。そして即興演奏ではない分野に足を踏み入れたユニットがサガインだった。
この本の企画の村田千尋(ピアニスト)さんとも20年程前にそんなユニットを一時組んでいた。
アートワークは人気の太田浩子(coco graphics)さん。
女性二人によって、手書き楽譜とエッセイとアートワークのおしゃれな本に仕上がっている。
ぼくの20歳頃からの10曲とエッセイ。


そして8月に18枚目のCDをリリースした。
今西紅雪さんとの昨年のライブ音源。彼女は旧知の仲で、ここ1、2年共演を重ねていて、Ftarriレーベルから声がかかったもの。当レーベルはぼくが東京デビュー時から応援してくれていて、CDは5枚リリース、世界的Ftarriフェスティバル出演は3度。
今西さんは箏でさまざまな表現をしていて、今年もフランスやサウジアラビアで公演するなど話題の人。
タイトルはサックスと箏の音をイメージしていて風と水と音が浮かんできた。風水音/フミネ/FUMINE。ジャケットはぼくの水の写真から。
ぼくのCDの半分は海外録音や海外レーベルで、20年間ほどの活動の証でもあり、評価でもあり、そしてその幸運に感謝している。
https://salmosax.com/mc.html


いずれもご注文よろしくお願いします。

CD Fumine

 

by Kei



 

 

with 今西紅雪



 

 

サガイン地震とサガイン

3/28にサガインでが起きた大地震ミャンマーは複雑な世情で、その地を3年連続で訪れた後に軍事クーデターやコロナ災害が起き、以来サガインやヤンゴンなどの友人知人に連絡をとることもはばかられている。今回やんわりと安否を問い合わせると、ホテルや組織以外は概ね無事の返事が来たが、内2人は家が壊れたとのこと。それ以上は訊けない。助けることができないから。

CIAから「エネルギーは物質に変換する」との情報が出たらしい。それは思いが現実化することを意味する。ならば助けられることになる。安泰平穏をイメージすること=祈り。
4/29から始まるサガイン九州ツアーは想いを寄せるツアーにする。

*最近の日本報道ではザガインとしているけど、地元の友人に訊くとどっちでもよいとのこと。イラワジ川がエイヤワディ川、ビルマミャンマーとなったように、言語の特殊性が関しているようだ。サガインの英語表記は Sagaing で日本ではずっとサガインと呼んできた。

サガイン中心部

地震で左の橋は崩落した

サガインの朝

 

謹賀新年 2025

ぼくの音作りや演奏は、自分の内に向かう作業。
それは、すべての答えは自分の中にあると思っているからで、外に向かえば自分軸を失ってしまう。
軸と共に、誠実であることで天地につながり表れた音たちは、時にヒーリングにもなるけれどそれを目的にはしていない。目的を持たず音たちと関わりたい、できればただ戯れたい。「悪」の音も含んで。

ぼくは人間である自分にこだわりたい。色々なものを内包している自分という小宇宙に意味があると思うので善悪の判断をひかえたい。
ずっと気になっていたことば「悪を抱き参らせたまう」の意味が最近少し理解できてきた。「悪」は否定するものではなく、「善」と「悪」の調和こそが重要ということか。
誰しも必ず「悪」を持っている。「悪」を否定すれば自己を肯定できず、自己肯定できなければ他者も肯定できず、否定の生き方になる。
ぼくの音、音楽は、そんな答えに近づいてきた。混沌の中から生まれてきてくれる音が愛おしい。

友人が「音そのものの世界の中で呼吸している」と言ってくれた。
でもそんな音に関心のある人はまだ多くない。
激変の中迎えた2025年は、そんな音たちがみんなに迎えられることを期待しよう。

E♭ saxes : alto, contrabass, baritone & sopranino

サロン サルモ

23年半の会社員生活。やめる考えなどみじんもなかったのに、ある日突然ひらめいて翌日辞表提出。そして音楽家生活開始。
知識も機材もなにもないのに水の映画を作ろうと思い、カメラを買っていきなり撮影を始めた。そして水の叙情詩3部作はそれぞれ何カ国かで入選した。
昨年12月の姉の死後、1月中旬。いっそのこと補修掃除整理中の家をカフェにしようと想像もしなかったことを思いつき、3か月半で実現。5月1日オープン。
我ながらフットワークの軽さに驚き、そんな自分が気に入っている。


22年前はまだ脱サラは厳しく、ましてやどこにもない自分の音楽を創造するなど狂気の沙汰だった。そんな行動は人々に勇気を与えると思ったけど、ダイヤモンド誌などいくつかのメディアが取り上げてくれたもののそれ以上の反応はなかった。
また映画の入選は海外ばかりで国内はなかった。
音楽も含めこれらの無反応を悔しく不思議に思っていたが、世界秩序を乱す行為をしていた訳だ。ぼくは冒険探検が好きなのだけど、そんな自由は許されないのだ。

「世界はなるようになる」ことを脱サラ後体験してきた。人間は自由が大前提。極力縛られない生き方を進む。

経験も覚悟もなく勉強もしてない、開けたい時に開くカフェ。ぼくの映画や音楽が流れるサルモルーム。友人の絵画や非売絵画もちょっとあるプチギャラリー。入店できた人はラッキー。当分料金は投げ銭制。
そんなルーズで適当なアートカフェ/サロン サルモ(Salon Salmo)。
開店記念に「サガイン」演奏会。飲み物はなにも出ない。翌日からはサガインツアーでしばらくお休み。楽しい。

(写真は準備中のサロンサルモ。)

看板下書き

 

山内二名(ふたな)

2023年12月16日土曜日5:25、姉、山内二名(ふたな)は永眠した。
母が別府より松山に帰省して産まれたので二名じま(=四国。古事記より)から二名と命名

今年5月に癌が発症して7月に手術成功。でも再び急速に肉腫は進行し、在宅〜在宅医療〜再入院〜緩和ケアと進み、再入院からは2週間足らずの命だった。約3ヶ月間嘔吐感と医師に「白旗千本揚げる」と言うほどの痛みによくがんばった。

学生時代にオーストラリア留学したり、アメリカには長年住みグリーンカードを取得していた。帰国後は福岡で英会話教室を開催していた。その後の半生はトラブルを抱えてしまい、それが病気の一因だと思う。でも病気のおかげか吹っ切れていき、殊に最後の1か月は急速な変化を見せた。ぼくとは諸々ぶつかり合う残念な関係だったけど、両親が他界してからは2人助け合ってきた仲間でもあった。亡くなる10日程前に姉に謝罪と感謝を伝え、彼女もわがままを詫び、和解することができた。

ぼくは最後まで可能性を捨てずに、淡々とすべきことできることを続け最善を尽くし、世界一の介護だと褒められた。また抗がん剤治療ではなく様々な方法を試み、彼女もそれに挑戦した。多くの人が支えもしてくれたし何人もがヒーリングしてくれた。亡くなる3日前には病院内でKの好意で姉へのコンサートを開催してくれぼくも演奏した。その翌日から会話も食も難しくなったが最後まで奇跡を信じ願った。
そうして救急車で緩和ケア病院に転院した翌朝息を引きとった。奇跡は起きなかったが、2人の和解こそ奇跡だと言ってくれた人がいる。「優しさが人に広がっていく」と言うまでに穏やかできれいな魂になった姉も奇跡だった。

姉ひとりだけのための院内コンサート (12/12)
このために着替えと化粧をしピアスをつけた姉



フヅキ

先日誕生日を迎えた。
2015年の誕生日に生まれた曲「フヅキ」(ふみづき、七月)だけど、またもや変な挑戦をしたのだった。とりあえずはめでたいのに、出てきたフレーズはマイナー(短調)。でもなぜかこれはポジティブなんだと強行突破しようと現場演奏した。ついでにリズムも壊しながら。

以前から不思議だったのは、世界の民謡、殊に日本のそれを古老が歌うのを聴くと随分とマイナーなのだ。もちろん西洋音階に当てはまらないのだけどとにかく暗い。それはたまたま歌が下手なのか。西洋音階を知る以前の感覚を知りたかった(自分の即興演奏はそんな手探りも含んでいるのかもしれない)。
また現代歌謡や歌謡曲や童謡でも楽しい歌詞をマイナーで作られた曲は散見される。
更には和歌にも突き当たる。そうなると文学の世界にも越境するのだが、心の吐露の微細な表現を西洋音階にはめこむ無謀さも見えてくるし、そもそも日本に音階の概念もなかったように思える。
その意味でも思うのは、メジャー(長調)はこの世にあるスケール(音階)の中で特殊なものではないかと。

気分がどうしても挑戦する曲、そしていまだに答えを求めながら演奏する曲を聴いてください。最新CD「モリ」にも収録しています。どう聴こえるかしら。

https://www.youtube.com/watch?v=fpQq48ceifI

カツラの木(自分で山に植えた)