salmosax note

音楽家・山内桂 の雑感ページ

 沖縄離島

年1回ペースで沖縄に来るようになってから、滞在日を長くとって離島に行くようにしている。
沖縄には内地では失われたものが残っていて、それらは当然ながら離島により多く残っている。
島に行くのは単に気持ちよかったりエキゾチズムであったり、、、それらも多分含まれてのことだと思うが、、、ことばが難しいが、「畏れ」の心と「畏れ」の対象物が残っている、、、と言おうか。
他にも色々な言い方があるだろう。とにかく人類は「畏れ」からの逃避を続けているのではないか。そんな文明の洗礼を受けた現代人が殺到する場所に「畏れ」の場所はなくなり、物質だけが残る。それが現代社会であり象徴として都会があるのだろう。


去年2泊した「神の島」(と安易に言いたくないが)久高島に、今年もやはり行きたいと予定外に思いついたが、行ける日は前後でもっとも降水確率が高い日だった。そして雨を覚悟して出かけたのだが、幸い曇り空で時折日も射してくれた。那覇は1日雨だったらしいのに。
この島には行きたくても行けない、、、船が出ないとか道に迷うとか身体の具合が悪くなるとか事故に遭うとか、、、あるいは上陸しても頭が痛くなるとか、の話が多い。そういう意味でも嬉しかった。
2度目で勝手がわかっているので全部歩きで島をめぐった。
御嶽は神聖な場所で男は立入禁止。最近は女性も地元民以外は入れなくなった。そんな閉鎖的ともとれる場所なのに、入口にいるだけでも開放的に感じる。明るい、暖かいのだ。もちろん同時に「畏れ」も感じるのだけど。
ここで久高島を解説する気はないが、人類の記憶、失ったものが残るこの島を、観光化する考えがあることを聞いた。




翌日から、慶良間諸島座間味島に2泊した。選んだ理由は那覇から近くて砂浜があって素朴な所、みたいな。
初日は雨だったのでしょうがなく宿の近くを歩いていたら、古民家カフェ「かふーし堂」発見。恐る畏る?入ってみると女子2人がきりもみしていた。話をしている内に演奏をすることになってしまった。どうせ暇だし、相手から積極的に言ってくれる話を断る理由はない。かれらはぼくの演奏を聴いたこともないのに、ツーナイトライブ決定。


こんな時は、スタンダードやクラシックをやって、様子を見て即興をしたりする。
あまりに急なことだし、シーズンオフの離島ゆえにお客さんは少なかったが、1曲目からすこぶる反応がいい。恐縮するほどに。
そして最後に即興を少し演奏すると、それが一番いいという。これもよくあるパターンだが、ここらが難しいところで、予備知識もない状況や環境でいきなり即興をやって、渋い顔をされた経験も多い。
2日目は最初から自作曲を織り込んで即興に入っていった。
お店の人もお客さんも喜んでくれ、素敵な時間を持つことができた。


砂浜探索や初のシーカヤック(カヌー)も経験して帰途についた。