salmosax note

音楽家・山内桂 の雑感ページ

 師 走

本年2016年の当ブログ更新は、年の初めと終わりだけに終わった。台湾ツアーも関西ツアーも新生サガインの活動にも触れなかった。
正直、1月の母の他界は影響していた。大きな悲しみと大きな喜び、そして自分なりに十分理解できた死の意味。その母に報いるためにも淡々と日々を過ごすことに専念してきた。死後の人間的社会的雑事の処理もありつつ、新しい生活の中での音楽を中心とした活動の安定と専心と拡大挑戦。そういう状況で文章を書く気にならなかった。
更に正直に言えば、もっと悲しみたかった。しかし物事にはタイミングがあり、それを失した感がある。だからなにかバランス的に心が満たされていない気がしている。


父や母たちの死によって、死の理解は深まったとは思うのだが、結局は分かるわけもない。ただなんとなく最近思うのは、死は遠くもなく、悲しいものでもなく、もしかしたら行き来さえできるのかもしれないし、生き死に、つまり生まれることも死ぬことも自分の意思的なもので決められるのかもしれない、、、。



裏山の本宮山、霊山、宇曾山の山域すべての神社参りを夏に思い立ち、60か所ほどほぼすべてを年内に巡り終えた。
理屈ではない行動実践であり、自分の直感と感性の確認と開発でもあり、そんな訳の分からない行動をこれからも続けていく。
そもそも音楽も人も宇宙もそんな訳分からないものなのだろうし、分からないという視点で分かることがあるようにも思う。
そう、そんな視点で過ごしていたので、道理や合理の思考をする物書きが手につかなかったのも一因だったかもしれない。



みなさん、よい年をお迎えください。